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ニュータウン 風景の地層 アートでまちを発掘する
都筑アートプロジェクトのこころみ

2013年5月28日 大塚遺跡にて
出席者:木村格(都筑民家園)、鈴木五月(e-プロジェクトKITA)、井上攻(横浜ユーラシア文化館)、とし田美津夫、金井聰和、今井紀彰、松本力(写真左から)
司会進行:松本力

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都筑アートプロジェクト2012 ニュータウンARTトリップ 線路の下から旅に出る
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TSUZUKI ART PROJECT 2012 DOCUMENTS
ニュータウン×風景の地層×アートでまちを発掘する/座談会:都筑アートプロジェクトのこころみ
中綴じ冊子/A4横版型/24頁/500円/デザイン:本多裕史


都筑アートプロジェクトの立ち上げから関わって来られた方々とアーティストで、遺跡とニュータウンの風景のなか、これまでとこれからを語りました。

▲アーティストランとして都筑アートプロジェクトが始まった経緯、何を目指してきたかを教えてください。

IMG_4850.JPG金井:最初に都筑で始めたのは2006年。知り合いに紹介されて都筑民家園を見に来たのがきっかけです。その時に民家園の後ろにマンションがそびえている風景や、隣に遺跡がある状況が奇妙であると同時に魅力的で、この場所の面白さを表現できるのは現代アートしかないと感じて始めました。最初は民家園やその周辺の風景がおもしろいと思っていたんですが、開発の過程で縄文、弥生などの遺跡がごっそり発掘された港北ニュータウンの成り立ちなどを知るにつれて、徐々に古民家と街、遺跡と街の関係に目がいくようになり、これは深いテーマが見えてきそうだなと感じました。3回目の展覧会からタイトルに「ニュータウン」を入れています。この時のタイトルは「ニュータウン☆パラダイス−遺跡とマンションの間で−」で、歴史につながる時間感覚のようなものをより強く意識する機会になりました。

▲この街は、古代からのパースペクティブと現代の生活が重なり合っていておもしろいですね。

金井:そうですね、現代の風景と古代の風景が重なり合う、あるいは遠い過去と断絶しているように見えて深い繋がりがある。そういうおもしろさに多くのアーティストが引きつけられてきたように思います。この場所に対する共鳴のようなものがベースにあって、それが展覧会につながりました。それがさらに地域でのいろいろな活動に広がったのは、都筑民家園、横浜市歴史博物館のサポートが大きかったと思います。まず都筑民家園館長の岡本さんが施設の建物や竹林の利用に道を開いてくださって、ここにいらっしゃる民家園事務局の木村さんが、地元ボランティアの方々はじめ地域との橋渡しになってくれました。一昨年、その前年には実行委員長も引き受けてくださり、この活動を後押ししていただきました。それから、3回目の展覧会の時、本日ご出席いただいていますが、当時横浜市歴史博物館の係長だった井上さんに「遺跡公園でやりませんか」と声をかけられ、2009年から2011年までの大塚歳勝土遺跡を使った展覧会に発展してきたという経緯があります。2009年からは横浜アートサイトにも参加しています。

▲これまでのプロジェクトの達成点、感慨などは?

金井:昨年2012年で7年目となりますが、これまでの参加作家は約70名、作品数にすると100点以上になります。しかもその半分以上は規模の大きい屋外展示です。作品の数だけ「歴史」との間に回路が開かれたということでもあります。この街にこれだけのエネルギーが注がれたということに改めて驚きますが、それだけこの土地が発するモノが強いということの現れでもあるような気がします。

▲昨年から都筑アートプロジェクトが独立して運営するかたちになりましたが、それぞれの視点でこれまでのプロジェクトへの評価は?

IMG_4791.JPG井上:2008年の展覧会の記録集にも書きましたが、民家園については建つ前からいろいろな構想や議論がありました。教育普及的な施設として、民俗学などにもとづいた堅実な活用を求める声がある一方で、市民による柔軟な活用を求める声もありました。そういった議論のなか、開園9年目にタイミング良く、民家園でのアート展示が実現し、それまでの遠慮がちな活用から、思い切った場所の活用へと踏み切れたと感じました。その後、開国博Y150がきっかけで遺跡でも活用が可能となりました。博物館の中では当時反対も多く、反対意見はいまだにあります。歴史を愛し、この遺跡を発掘する時に関わった方々や現在の運営に携わる人たちは、大塚遺跡を、弥生時代を再現した一種の作品と見ています。ただそれだけだと考古を愛好している人が主に集う場所に限定されてしまうとの意見も一部にあり、アート関連の新しい活用があることで、若い世代も含め幅広い客層を呼び込もうとこの企画を進めました。このことは、2009年の記録集に法政大学の小倉淳一さんが、博物館が閉じた輪の中から勇気を持って一歩踏み出した、と書かれたことに通じます。

IMG_4800.jpg木村:民家園は歴史的建造物としてかなり制約が多かったのですが、民家園でのアート展示が始まってから4年目のY150や、横浜アートサイトに参加したことは、かなり大きかったですね。この時点で歴史博物館も一緒になって、都筑アートプロジェクトの実行委員会が立ち上がり、それまでの場所を提供していた立場から、一緒に作り出そうという意識に変わりました。これまで、意識的にではなかったのですが、3年ごとに自然な区切りができているように思います。ただ恒常的に続け、マンネリ化するのではなく、3年ごとに変化、成長していく運営が、民家園などの施設にはふさわしいように個人的には感じています。現代アート展をきっかけに、従来と比べ民家園の来場者の幅が広がったことは確かです。今後は、アーティスト、施設それぞれが考える展覧会がうまく併存していけば良いのかと思います。

▲地域住民の目線でご覧になっていかがですか?

IMG_4810.JPG鈴木:4年目の時に初めてこの展覧会のことを知りました。その時作品を見てとても感銘を受けました。「この場所がこんなことに使われる」とは思っていなかったので、とてもおもしろいと感じました。もともと私は地域で様々なイベントを企画しておりまして、そういう立場からアートプロジェクトの感想を木村さんに話していたら、関わってみませんかと誘われたのがきっかけでした。昨年の展覧会は、それまでと比べると大きな違いがあると思います。遺跡での展示は非日常の空間に作品があるので、ある意味作品の存在が表出しやすい環境でした。それに対し、昨年の高架下では日常の空間に作品が置かれるので、ともすると作品が日常の風景にまぎれてしまいやすい。日常の場所に作品展開する時は、より強い非日常性を演出した方がいいのではないかと思いました。その他、地域が求めているものには大きなイベントやワークショップなどもあります。昨年の「ひみつ基地」や一昨年の「ドラゴンチェア」、小学校が参加して駅から遺跡まで展示した「アイコンフラッグ」のように人々を巻き込む形のワークショップはとても面白いし、地域の人たちの期待も高まるのではないでしょうか。

木村:同じ作品でも置かれる場所によって見え方が変わる、というのがアート作品の面白さでもありますね。

井上:例えば、3.11から2年経った今、博物館施設で関東大震災90周年の企画をする場合、関連事業で福島の原発を取り上げようとすると、行政上それなりに周囲への配慮が必要になる、ということがあります。今後の都筑アートプロジェクトの活動でも社会の状況や市民感覚に配慮しつつ展開するという成熟さも必要なのではないでしょうか。

鈴木:まずは続けていく事が大切だと思います。アーティストが来て何かを展開してくれる事に関して地域住民はノーではない。期待しているのでどんどんやってください。

今井:街の中にまだいっぱいいろいろなスペースがあるなと見えてきたところです。

▲昨年の展覧会を振り返ってみてどうですか?

金井:昨年は、駅、高架下など街の中心部にメイン会場を移しましたが、2010年、2011年の展覧会でも、先ほど鈴木さんからお話がありました「アイコンフラッグ、駅からつながるアート」という企画で駅構内を使わせていただきました。昨年の展覧会はそれをさらに発展させたものと言えます。以前と違うところは、より積極的に街中に入っていったという点です。図らずも弥生時代から現代に舞い戻って来たようなかたちになりましたが、ニュータウンという街の歴史性をふまえつつ、街中の、街中にしかない面白さ、中心部にありながら街の端っこのような存在がプロジェクトによって浮き彫りになったのではないかと思います。昨年は、展示は街中、ワークショップは大塚遺跡、ライブ、パフォーマンスは両方で、という構成でした。地形的に分断されている感じの二つのエリアを展覧会の中でおもしろく繋げられないかと考えていました。イメージの中では一体化していたんですが、少し伝わりにくい面があったかもしれません。

今井:分断はしているが、行ったり来たりしている人間にとっては、体験としては一体化しています。その上を歩いている訳だから。そう思うと昨年の高架下も歴史の地層の上にあるということになります。

とし田:個人的には、日常的なところにアートを展示する事に興味があったので、展示場所が、特別な場所である遺跡公園から街中に移って良かったと思います。ただ印象として、作品が全体的におとなしかったので、もっとハデにやってもよかったかも知れない。いろんな意味で議論して作家同士でもコラボレーションできれば、作品のスケールや配置など、様々な点で視覚的なインパクトが上がると思います。

今井:この高架下の空間はしみじみした感じで、駅のすぐ近くで毎日大勢の人が通り過ぎる割には、広くて、しかも見えているようで見えてない場所という印象が強い。

井上:大塚遺跡や歳勝土遺跡での展示の時には、遺跡との対比で広がりや、そこでボーンとはじけたものがあった。高架下の空間は、構造物の天井があったりして少し窮屈な印象を持ちました。

金井:今回は初めての試みでもあったので、場所の使い方には課題が残りましたが、高架下を含めた街中の空間にはすごく可能性を感じました。場所が変わっても、遠い過去から自分たちの生活を振り返りつつ、ものを作るという姿勢は変わらなかったような気がします。

井上:大塚遺跡での評価にも3年かかったのだから、高架下での活動も一年で総括出来るものではないと思います。

今井:都筑という街は、風景の対比がおもしろい。周りの学校や学童保育とはだんだん関係ができてきました。たださらに大勢のマンションの人たちとはなかなか繋がりにくい。

鈴木:例えば、アートプロジェクトの展示の時に、マンションの人たちに参加してもらったりして交流する方法を考えてもいいかもしれません。

井上:思い切ってマンション群の中でやってみるのもいいのではないですか。(笑い)

▲ニュータウンというと仕事から戻って寝る場所、都心のベッドタウンというイメージがありますが、一方で若い世代がどんどん集まってくる活気のあるイメージもあります。このような場所でのアートの役割というのはどういったことでしょうか。

IMG_4879.JPGとし田:ここはマンション暮らしの若い夫婦と子供が多い地域ですから、アートを積極的に体験して行こうという雰囲気は全体的には弱いかも知れません。経済優先の価値観からはアートは無用で、与えられた人生のある種のパターンのためには必要性は低いと思われがちです。

鈴木:私は、アートは日常に必要だと思います。アーティストの立場から、なぜアートが必要なのかと聞かれたら、一般の人にどう答えますか?

とし田:ニュータウンというのは、ある一定の文化生活がパッケージ化された都市計画の下にできた街なのだけれども、その中で満足できる部分もあればできない部分もあるのだろうと思います。放っておくとすぐに硬直化してしまう。パッケージ化された生活の中にそれを超えた、日常を異化するきっかけとしてアートが必要なのではないでしょうか。具体的なものであれ、一見無意味なものでも、アート作品がそこに存在することによって、日常が異化され、新しい繋がりの可能性が生まれます。

鈴木:多忙な毎日の中、心を育て心を繋ぎたいと思っても、心という部分がどんどん外に除外されていくのを感じます。そういう中で心がアートに呼応し、心が機械化されないための手段として必要になってくるのだと思います。

木村:放っておくと同じ事のくり返しになる。考えるきっかけみたいなものが不足していて、受け身のままでも生活できちゃうけれども、何か違うものを見た時に感覚が刺激されて覚醒する。そういう受け身から抜け出す力がアートではないでしょうか。

金井:僕自身はこの場所に来たのがきっかけになって歴史について考えるようになりました。この街から戦後日本や古代、現在までもがそれまでと違う視点で見えてきて、いろいろ教えられる事が多かったです。この街にはまだいろんなものが眠っていて、それを探す楽しみみたいなものがこのアートプロジェクトにはあると思います。

今井:遺跡を発掘するような感覚で、街の中に入っていって、いろいろな場所を探している感じ。もっと掘っていけるなと。この場所での展示の経験が街中の展示にも活きていると感じています。

▲今後、都筑アートプロジェクトが地域との関係を深めていくには?

鈴木:地域との恊働を今以上に深めたいということですね。この地域に長年暮らす方はそれぞれ街に込めた思いがあるので、きっと様々な意見が出てくると思います。その意見をまとめるのは大変ですよ。

井上:以前、参加作家の一人が、民家園の裏のマンション一軒一軒から紙袋をもらって作品にしたことがありましたが、作品を通した地域との関わり方というのもあると思うんです。

木村:都筑にはセンター北と南の間の遊歩道を何とかしたい、にぎわいが欲しいと思っている人たちはいます。ただ具体的に何かができるところまでは進んでいない。そういうところにアートプロジェクトが入っていくといろいろなアイディアがまとまる誘因になるのではないかと思います。

鈴木:以前開かれていた街づくり会議では、センター南に屋台村、北にアート縁日を開きたいという意見もありました。

▲このアートプロジェクトを続ける意義はなんでしょうか?

金井:「歴史という物語」とどう繋がるか、その繋がり方が様々なかたちになって、文化的なものの裾野になっていくのだろうと思います。アートでこの土地の歴史や街と関わることもひとつの方法にすぎないのですが、まじめな探究心で遊びながら詩的に関わりを深めていく、多様な視点で繋がり方の幅を広げていく、というのが私たちに出来ることであり、続ける意義なのかもしれません。

IMG_4887.JPG今井:若い家族が多く住んでいることが、この街の瑞々しい雰囲気を作っています。私たちのやっている展示やワークショップが住人のひとにとっての大きい意味での気分転換になればいいんです。例えば高架下のようなスペースで、毎日通り過ぎる人たちが私たちの展示を見て笑ったり驚いたりして元気になるような仕掛けが出来たらいいなあと思います。実は昨年の展示では、高架下を通る人たちとのやりとりがとても面白かったんです。ワークショップに参加したあと家族や友達を連れて来たり、キノコの作品を怖がったり。作品が見づらいと、展示場所のゴミを注意してくれたひともいました。いろんな人たちがたくさんいて、何かヘンなことを面白がるというのが文化的な下地になるんだと思います。

井上:20年前、駅が出来るか出来ないか位の時は、ニュータウンには何もなかった。もちろんニュータウンの文化自体ないわけです。文化形成の中で都筑アートプロジェクトは一定の役割を果たしたとは言えるのではないでしょうか。またこれから文化が形成されていく中で地道に活動を続けていくことを期待したいですね。

鈴木:ここは新しい街なので様々なアプローチから文化をつくろうとしている人たちがたくさんいます。

井上:そこがここのいいところですね。いろいろな試みを受け入れる柔らかさがある。アートプロジェクトの活動は、今後この地域の文化形成の柱になりうると思います。


「ひみつ基地」→「ひみつ基地をつくろう!」今井紀彰のワークショップ。プラ段や傘などで家をつくる。2010年、2012年に大塚遺跡で開催。
「ドラゴンチェア」→「ドラゴンチェアの旅」開発好明のワークショップ。繋がって伸びてゆく段ボールの龍。2011年、大塚遺跡で開催。
「アイコンフラッグ」→「駅からつながるアート みんなでつくろうアイコンフラッグ」浅見和司のワークショップ。小学6年生160人と100mの布に都筑のアイコンを描き、センター北駅から大塚遺跡までの道しるべとした。2010年開催。