宇宙卵




























宇宙卵

人は
世界のほとんどを知り得ることなく一生を終えるが
知り得る世界とだけ関わっているのではなく
(地球は球体で絶え間なく流動している)
あらゆる引力を受けながら暮らしている。

日々の営みは、過去や歴史の層の上に存在し
無限に近い有限の「何処か」や「誰か」なしには成立しない。

星の数ほど存在する「ここ」と「わたし」の関係、
その唯一無二性はどこにおいても当てはまり、
ここを思考することは、ここ以外を思考することであり
それら関係の点の集合が世界ではなかろうか。

土地々々は
等しい時間の中に異なる記憶を内包し
その環境ゆえの文化を育む。
旅の途途、
それを肌で感じることで腑に落ちる瞬間がある。
土地が持つ空気、土地に漂う空気に直に触れることで
知識が単なる知識ではなく皮膚感覚を伴った知識になる。
旅の実感、その記憶を記述する。

表現家・襟草 丁

北海道、May . 2019

20190430
豆の種類の豊富さに心踊る。
北海道といえば豆である。
小豆、黒豆、花豆、黒千石大豆、金時豆、パンダ豆。
しかも小豆は品種違いがあり、
エリモ、乙女、きたろまんを手に入れる。
産地ならではである。

20190501
砂澤ビッキ氏の作品を鑑賞する。
表現には、
その人の出自や、眺め感じてきた風景、
経年とともに無意識のうちに
ジワジワと心身に染み渡った物事が大いに関わっている
ということを
あらためて痛感する。
エネルギーに満ち満ちた作品に囲まれ、
居心地がいい。

20190502
宗谷台地は氷河期の名残りだそうだ。
植物は上へと育たず地を這うように生え、
その先には海、その先には水平線、そして空へと続いてゆく。
浅瀬で漁師さんが何か引きずっている。
勝手に、あれは昆布だな、と確信する。

20190503
大正15年(1926年)、
十勝岳噴火による大規模な災害があった。
死者・行方不明者は144人、
30年以上かけて開拓した耕地は泥土と化し、
大量の流木が堆積、
硫黄分を含む土地となってしまった。
現在の美しい景色からは毫末も想像できない。
しかし、歴史は確かに物語り
そのあいだを結び、つないだものは
復興へのエネルギーに他ならない。
そこには、
土地と人の関わりの一言では言い表せない「深さ」がある。
それは、他人事であってはならない「深さ」である。

20190504
何度も訪れている札幌だが
これまで存在を知らなかった北海道博物館を見学する。
(開館は2015年。最近ではないか!知らないはずである)
戦いの歴史であったことを学び、
身勝手な解釈で優劣をつける権力の理不尽さが奪うもの
について考える。
函館に移動して「やきとり弁当」を購入。
これを食べねば(気持ち的に)帰るに帰れない。
とり、と言うものの、鶏ではなく豚。
これもまた文化。

北海道may2019.jpg

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