都筑アートプロジェクト2019
田んぼの向こうのこどもの国

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参加作家

新江 千代 ARAE Chiyo

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1983年東京生まれ。
2005年ロンドン芸術大学,ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション学士課程修了。
主に不在者と自己との関係性をテーマに、布を使ったインスタレーションや立体作品などを制作発表。
http://www.chiyoarae.com/


檸檬色の浸食
The Yellow Invasion

絹、ピアノ線、ワイヤー、石、水彩

田奈部隊の西谷方面には熔填場とよばれる工場があり、
そこは弾頭部分に黄色火薬を詰める場所だった。
工場内はすべて黄色く染まり、働く工員の手足もまた檸檬色に
変わっていったという。 土地の記憶を手掛かりに、
国家と人、労働との関係性を考える。

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有坂 蓉子 ARISAKA Yoko

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アーティスト。
東京藝術大学絵画科油画専攻卒。
12年間過ごした米国にてアースワークを意識した作品を制作。帰国後、江戸時代より流行した人工のミニチュア富士「富士塚」に出会い、信仰物でありながらアースワークに似た特性を知る。富士塚研究や取材・執筆をし、その魅力をTV等メディアで発信している。富士塚作品に、火山である富士山を表した「volcandle」や参加型インスタレーション「メタル富士」などがある。富士塚ツアーも積極的に行う。
http://hibiscusfujizzz.blog.shinobi.jp


1マイルの鼻

サンドペーパー, アクリル板, ワイヤー, レーザー線

かつて冷戦による人類の存続を絶望視したイサム・ノグチは、核によって人類が滅亡する前に、地球上に文明があった証として、火星から見えるよう砂漠に彫刻を残したいと FACE TO BE SEEN FROM MARS の建設を提案した。それから72年経た現在、我々は当時の危機感を払拭できただろうか。

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今井 紀彰 IMAI Noriaki

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石川県金沢市生まれ。
日本大学芸術学部写真学科卒業。
すでに滅び世界各地で語り継がれる動物たちをモチーフにした、写真による巨大なコラージュ作品のほか、写真の可能性を探るさまざまな造形作品を制作している。
http://imainoriaki.sakura.ne.jp/
https://www.facebook.com/collageimainoriaki/
https://www.facebook.com/今井紀彰ワークショップ-504173102970411/


こどもの国・2019

こどもの国」というと山の急な斜面を利用した伝説の長い滑り台を思い出す。滑り台の先にある着地用の砂場を飛び越えて崖の下まですっ飛んだ子供がいた。とか、よく滑るように滑り台にロウを塗っている。とか色々な噂がさらにスリルと恐怖を煽り、小学生だった私は、しょっちゅうこの滑り台に通った。また滑り台で遊んだ後、友達がトイレから出てくるのを待っていると突然左手の薬指がパックリ割れて血がボタボタと流れ出た。慌ていると近くにいた大人が「それはカマイタチって言うんだよ。そこだけ突然真空になって皮膚が裂けるんだ」と教えてくれた。恐ろしかった。今でもその時の傷は残っている。私にとって「こどもの国」は「こどもの国」という甘い響きの国名からは程遠い、深い靄が掛かった、どこか危険で、しっかりしないと無事には帰れない「不思議の国」で、ちょっと暗く異様に心惹かれる場所だった。40年ぶりに行った「こどもの国」で写真コラージュを作ろうと思う。

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襟草 丁 ERIKUSA Tei

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表現家, アーティスト。
和紙、ペン、顔彩、糸などによる平面作品。
表現としての料理。インスタレーション。
https://www.instagram.com/tei_erikusa/


鍵がかかった扉のある風景 (部分)

かつて、その扉の向こうにはキケンなものがしまわれていました。いまは、からっぽであろう空間とかたく閉ざされた扉だけが残り、すっかり風景にとけこみ、たしかにそこに存在しているのに存在していないように見えます。おなじ視野のなかで、子どもたちは無邪気に遊び、そのエネルギーにみちみちた様子は幸福と平和の象徴のようでした。

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岡 典明 OKA Noriaki

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美術家。
1964年横浜生まれ。多摩美術大学大学院美術研究科修了。
木、プラスチック、金属など、身の回りにある様々なものの形や色、匂い、音、質感を再構成しながら、可視と不可視、記憶の狭間、視ることの不確実性をテーマに、立体、平面、インスタレーションを展開。2012年から「HAPPY TALK」プロジェクトを始動。各地の福祉施設、美術館などで大人、親子、こども向けのワークショップを実施。元こどもの城造形事業部職員。日本ブルーノ・ムナーリ研究会会員、arts by artistsメンバー、NPO CCAA親子講座、こども図工室の講師。
https://www.arts-by-artists.com
http://npo-ccaa.tokyo/index.html
https://www.facebook.com.okanoriaki/


無垢なる棲家/シェルターあるいは弾薬庫 go round

地上に住む人間が、最も親しい土や木や、水のほんとうの色を忘れ、匂いを忘れ、特質を忘れたら、彼等は、もはや何処にも
棲家を持たないといっていい。
なぜなら、彼等は自然に対する、否、地に対する反逆者であるからです。

小川未明「草木の暗示から」

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金井 聰和 KANAI Toshikazu

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1966年川崎市生まれ。
1990年多摩美術大学絵画科陶コース卒業。
1993~1998年、南インド チェンナイで制作。
2000年から国内で個展、グループ展などで作品を発表。
2006年から港北ニュータウンの大塚歳勝土遺跡公園での展覧会の企画運営に携わり、都筑アートプロジェクトとして現在に至る。作品は、「庭」や「町」「つぶて」「食卓」をテーマにした陶の立体やインスタレーション、木っ端でつくった積み木の家にエロ写真を貼った「裸の家」など。


ヒトの歴史が戦争の歴史だとすると、あらゆる国には「戦争」が埋め込まれているということになるのか。こどもの国に「戦争」が埋め込まれているように、私自身にも「戦争」が埋め込まれているのだろう。「つぶて」をもてあそびながら、つらつらと考えてみる。

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タナベ ルン TANABE Run

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1996年生まれ。
東京藝術大学絵画科油画専攻卒業。
身近な生活の中にある風景をモチーフに
主に平面作品を発表している。
https://nur-ebanat.tumblr.com


日除け

パネルに寒冷紗、ジェッソ、アクリル、色鉛筆

地面に埋まっているもの、埋まっていないもの、
埋まっていそうに見えるけど実は埋まっていないものについて作品にしました。

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とし田 三津夫 TOSHIDA Mitsuo

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ニューヨークの総合美術大学SVAの修士修了後(1985年)、アジア系米人芸術家ネットワーク「Godzilla」に参加。「アジア/アメリカ」全米(8州)巡回展、「Empire Within」イセファウンデーションギャラリー、今日の作家展「Displacement」ヨコハマ市民ギャラリー、「モダンスートラ」川崎IBM市民ギャラリーなど数々の展覧会に出展。1998年よりSVAの国際学生プログラム准ディレクター兼講師を経て、2005年帰国。現在は「Art Space赤い家」の運営ディレクター。


サンクチュアリー

架空のサンクチュアリー(聖域、避難所、保護区、禁猟区)を理想的な場所・空間として提示する。そして現実の社会と対峙させることによって、現実を相対化し、批判する視点を用意する。現代人が無意識に受け入れている「日常」に潜む非人間的な管理社会の色彩を逆説的に映し出すことを意図した作品。

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橋村 至星 HASHIMURA Shisei

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1990年代をNYで過ごしThe School of Visual Arts卒業、New York University大学院終了後帰国。
絵画作品他を制作、国内外発表多数。2007年 、‘10年、‘11年、‘17年、‘19年BankART AIR参加。2012年〜‘14年ハンマーヘッドスタジオ参加。‘99年ギャラリー・サイド2で個展、1993年から2017年迄ギャラリーララトーキョーで4回の個展。同ギャラリーから六本木アートナイト2019出品。2011年から「ダンサーを迎えてのクロッキー会」を主催。2015年から都筑アートプロジェクト参加。
https://www.behance.net/shiseihashimura


こどもの国のポニー番

鉛筆、水彩、紙

今年の灼熱の真夏に、「こどもの国」に都筑アートプロジェクトのメンバーと共にに作品制作の為のリサーチに行きました。イサム・ノグチが作った赤い六角形を組み合わせた遊具「オクテトラ」、田奈部隊が戦時中に使っていた弾薬庫の扉、こどもの国牧場のポニー...
そんなきな臭い戦時中の過去と、家族連れや動物が無心に遊ぶ平和な現在の風景が交錯する印象に、私個人の思い出もフラッシュバックしました。まだ私が子供の頃、本格的に山登りをしていた父がTVの「山男の料理」と言うテーマのロケで、家族総出で駆り出されこどもの国の野外で料理をした事があったのです。この展覧会直前に奇しくも父は急逝し、こどもの国が出来るきっかけとなった上皇天皇ご成婚から60年後の今年、次世代の天皇の即位の礼が行われました。そんなこどもの国に纏わる歴史と自分の個人的な思いを絵に現わしてみました。

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松本 力 MATSUMOTO Chikara

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絵かき、映像・アニメーション作家。
1967年東京生まれ。多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン専攻卒業。再生紙にコマ割りのドローイングを描き、透過光を加えビデオに撮る独自の手法でアニメーション作品を制作。 国内外での展示、オルガノラウンジや音楽家VOQとのライヴで、映像と音楽の空間表現を20年続けている。また、手製映像装置「絵巻物マシーン」のワークショップ「踊る人形」を学校や美術館、滞在先など各地で行う。 創形美術学校A&C専攻、女子美術大学デザイン・工芸学科ビジュアルデザイン専攻で映像の講師を担当。
http://chikara.p1.bindsite.jp/


1919-1932-1967-1976-2019

再生紙、インク、ビデオ

古い写真の裏に書かれた日付によれば、昭和51年4月1日、父と母とこどもの国へいった。父は大正8年生まれで、先の大戦で満州に出兵し、衛生兵をしていた。終戦前に、兵役を除隊となり、シベリア抑留を逃れて、引き揚げてきた。おそらく26歳だった。故郷の岡山に戻らず、九州の飯塚市で炭坑夫をしていたが、東京にきて、ぼくの母と再婚した。母は昭和7年生まれで、昭和42年、35歳の時にぼくを生んでくれた。57歳の父と44歳の母と9歳のぼくが、こどもの国にいた。ぼくは、ダットサン・ベイビーに乗っただろうか。ぼくは、父と母となにをみて、なにをはなしたのだろうか。

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若宮 綾子 WAKAMIYA Ayako

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1989 女子美術大学芸術学部絵画科油画専攻 卒業
1990 女子美術大学研究生終了
http://igallery.sakura.ne.jp/aiga713/aiga713.html
http://wakamiyaayako.com

個展
1993 藍画廊/東京/(’95~’02’、’04~08、’10、’12、’14、’15、’18)
2003 ギャラリーGAN/東京
2004 GALERIE SOL/東京 (’05,09)
2007 GalleryDC/山梨県
2017 ◯△ギャラリー/神奈川
主なグループ展
2000 「美」と「術」2000/藍画廊/東京
2004 TRACE展/GALERIE SOL
2010 トリコロール展/ときの忘れもの/東京
2016 スキマに想う/夏庭/千葉
2018 「木ト霊」/ギャラリー惺SATORU/東京


Untitled

シナベニア、パステル

幼少の頃、遊具は私にとって遊びきれないコンクリートの塊にしか思えなかった。大人達が子供に体験してほしい『たのしさ』と子供が感じる『たのしさ』にはずれがある。大人が作る子供への夢と希望の小箱は、スキマだらけで頼りない、、、。


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